Top 記事一覧 コラム 公認されない悲嘆「ペリネイタルロス」を専門医と紐解く〜信州大学医学部 村上寛先生〜

公認されない悲嘆「ペリネイタルロス」を専門医と紐解く〜信州大学医学部 村上寛先生〜

赤ちゃんとのお別れという経験を経て、ママの心は今までと違った状態になることがあります。その状態に戸惑う方も多いでしょう。

今回は長野県の信州大学医学部にて「周産期のこころの医学講座」を開設し、『さよなら、産後うつ——赤ちゃんを迎える家族のこころのこと』の著者でもある村上寛先生を迎え、赤ちゃんとのお別れ〝ペリネイタルロス〟後のメンタルヘルスについてお話を伺いました。

村上 寛 先生の紹介

2011年より小児外科医として手術等臨床の現場に従事。身体面だけでなく精神面のことも診られる医師になりたいとの想いから、2018年より信州大学医学部附属病院の精神科でも勤務。現在は精神科に絞り、小児外科医時代から関わりのあった周産期メンタルヘルスを専門としている。
昨今の取り組みとして、周産期に様々な医療従事者と連携していけるようにと、日本で初めての周産期メンタルヘルスに特化した『周産期のこころの医学講座』を開設した。

お別れ後の心の状態とは

まず前提として、個人によって状態は千差万別であるため、1つにラベリングをすべきではないということは頭に置いておいてください。

赤ちゃんとのお別れは喪失に当たりますが、そもそも喪失というのは以下のように2種類に分類することがあります。(表1)

一般的には「赤ちゃんを失った」と聞いて外的対象喪失をイメージしがちかと思います。しかし、よく話を聞いてみると内的対象喪失も抱えている場合がほとんどです。ペリネイタルロスに関して言えば、「母親になるという思い浮かべていたビジョンが失われた」などがそれにあたります。

この2つの喪失が、その人の心の中でどういうバランスで存在しているのかを診察で聞き取る中できちんと判断していくのがとても重要です。

まず、「喪失」「悲嘆(グリーフ)」「喪」についてご説明します。

喪失体験に伴い、悲嘆を抱えること自体は当然起こりうることです。問題があるとすれば、抱えている悲嘆を喪として表出したいのに、それを周囲から抑制されてしまうことです。この「悲嘆」と「喪」の間に乖離が生じることにより、精神症状が現れてくると私は考えています。

例えば、泣いている人に対して周囲から「いつまでも泣いていないで」といった声かけなどがありますね。これはまさに悲嘆の表出を抑制しているわけです。

ペリネイタルロスという分野はDisenfranchised grief〝公認されない悲嘆〟とも言われています。本来であれば、当たり前に公認されるべきであり、社会からの許容が求められるものです。しかし、日本においては文化的・宗教的に、この悲嘆の重要性が社会的に認められていないため、周囲から悲嘆の表出を抑制されてしまっているのが現状かと。

当事者の心の状態の背景とは

複雑性悲嘆とは、具体的な個人との別れに限定して起こるもので、個人への思慮や分離不安が主な症状です。

一方で、PTSDとは、不安や恐怖に関わるトラウマ場面により起こる侵入症状、回避症状、過覚醒を指します。(表2)

ペリネイタルロスの場面では、赤ちゃんとのお別れという面で複雑性悲嘆へと発展する可能性があります。一方で、例えば「どんな子が生まれてくるんだろうと不安を抱えた出産」や「病院からの赤ちゃんの危篤を知らせる電話への恐怖」など、それがトラウマ場面となってフラッシュバックとして起こる可能性は十分にあります。

ですから、ペリネイタルロス=死別だから複雑性悲嘆だと決めてしまうのではなく、複雑性悲嘆とPTSDの両方の要素を持ちうると考えて柔軟にサポートしていく必要があると思います。

実際の診察について

基本的には出産直後は助産師が付いてますから、助産師が当事者のお話を聞いている中で、長期的なフォローが必要そうだと判断された場合は私のところに紹介されてきたりしますね。

もちろん直接外来にいらっしゃる方もいます。

喪失から日が浅い方は、複雑性悲嘆やPTSDの診断はまだできません。本人の状態に可逆性がある可能性が考えられるので、その日の状態だけで判断せず柔軟な視点で対応するようにしています。悲嘆から複雑性悲嘆になってしまうと社会機能に障害をきたすため、その手前で戻ってこれるように悲嘆を表出できるようにします。

基本的に「悲嘆は回復するもの」であるので、我々が積極的に介入するというよりは、回復の過程にある障害物を取り除きながら伴走するようなイメージです。

先ほど申し上げたように、抱えている悲嘆を喪として表出できない状態にあるといわゆる精神症状を抱えてしまうリスクがあります。

周囲から悲嘆を公認されずに苦しんでいる方には、少なくともこの診察室の中ではあなたの悲嘆は認められているということを示し、自発的な表出を促します。

そうすると診察室では皆さん悲嘆を表出して泣いたりできる方が多いのですが、例えば家庭でも同じようにできているかを確認しています。父親や家族に「もう泣かないで」と言われたりすることで家庭内で悲嘆の表出がうまく出来ていない場合もあり、悲嘆と喪の乖離を起こしている状態と言えるでしょう。そのような場合には、ご家族にも来院してもらい「家族心理教育」を行うこともあります。

ご家族、特に父親も当事者の一人ですから、家庭内で公認されていない場合、父親にはPTSDの回避症状が出ている場合があるんです。ペリネイタルロスを経験した父親は、PTSDの侵入症状より回避症状を有意に起こしやすいというエビデンスもあり、我が子を失ったという恐ろしい現実を心が拒否して回避している可能性があります。その結果、妻の悲嘆も公認できていないのかもしれません。そのため、父親の方を責めるのではなく、喪失をどう捉えているか、PTSDの回避症状によるものではないかと考えお話を聞くようにしています。結果的に「そうか、自分も悲しかったんだ」という気づきを得る父親も多いです。

当事者へのメッセージ

一言にペリネイタルロスと言っても、状況も感じ方も千差万別です。ですから一概にメッセージを伝えることは本当に難しく思います。

ただ、その中でも1つ言えることがあるとすれば、「あなたが感じている苦しみや辛さを、あなた自身が否定しないであげて」ということでしょうか。

周囲からの「こうあるべき」と向けられる視線からズレないようにと、ご自身の悲嘆を表出できずにいる方も多いでしょう。本来であれば社会がペリネイタルロスの悲嘆の表出を公認するべきなのですが、現状はそうもいきません。

そんな時、「周りの期待とは違う、こんな状態の自分がおかしいんだ」なんてことは思わないでください。あなたの状態をあなた自身がどうか認めてあげてください。

最後になりますが、抑うつ状態、フラッシュバックがあるなどの症状があるときは、ためらわず医療機関を受診してください。

先生の著書

『さよなら、産後うつ ——赤ちゃんを迎える家族のこころのこと』

村上寛 著 四六判並製 晶文社 192頁 定価:1,760円(本体1,600円) 978-4-7949-7444-0 C0095〔2024年9月〕

本書には流産や死産に関わるお話も含まれます。ペリネイタルロスの当事者だけでなく、周囲の方々にも読んでいただきたいと村上先生はお話ししてくださいました。

「当事者にかける言葉のひとつひとつが、人によって受け取り方が大きく異なるということを知ってほしい。腫れ物のように扱わず、言葉を選びつつサポートしてほしい。そんな想いがあります。周囲の方がどのように対応すべきかのヒントとして本書を活用していただければ幸いです」

著者(写真=村上先生提供/取材・文=SORATOMOライター 村木まゆ)

<参考文献>
小此木啓吾|『対象喪失——悲しむということ』|中央公論新社|1979年|227p
飛鳥井 望. 各論 心的外傷後ストレス障害(PTSD). 小児科 = Pediatrics of Japan. 48(5) (増刊) 2007.4,p.758~762. 
Lieselotte Lamon et al. |Depression and post-traumatic stress disorder after perinatal loss in fathers: A systematic review|Eur Psychiatry. 2022 Oct 28;65(1):e72. doi:


この記事はSORATOMO編集部が独自に調査し、編集したものです
記事の内容は2025年1月の情報で、現在と異なる場合があります
不安な症状がある場合は、医療機関の受診をおすすめします
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